「どこへ、どのようなお灸をすればいいのか」今の時代に見合ったお灸が求められている。
『温灸読本』著者、宮川浩也先生にお話しをお聞きしました。
みやかわ温灸院(埼玉県川口市)院長。内経医学会会長。元伝統鍼灸学会副会長。第64回全日本鍼灸学会学術大会ランチョンセミナー『お灸のイロイロ』(セネファ株式会社共催)講演。
現在確認できる資料として、最も古いお灸専門書は『千金方(せんきんほう)』(灸例篇)です。唐の時代に編纂されました(西暦650年頃)。『黄帝内経』の『素問(そもん)』『霊枢(れいすう)』にもお灸についての記述がありますが、具体的なお灸のしかたが記載されているのは『千金方』(灸例篇)です。
お灸は主流ではなかったのでしょうね。唐の時代は鍼が危険といわれ、お灸が主流になりました。唐~宋の時代は灸が流行りましたが、その後、元、明、清と鍼が主流になっていきます。面白いことに、鍼が流行るとお灸はすたれるという関係があったようです。その後、中国でのお灸は衰退していきました。
熱いからですよ。大変貴重な史料として、南宋時代(西暦1200年頃)に描かれた『灸艾図(きゅうがいず)』があります。背中にお灸をすえられながら、あまりの熱さに叫び声をあげている。いつの時代もお灸は熱さと火傷との戦いですよね。それらとどう折り合いをつけるかがお灸の歴史です。
中国の医者が来日し、日本の医者が中国へ留学する。こうして中国から最先端の鍼灸が入ってくる、というのが日本の鍼灸の流れだった。日本だと室町時代から鍼法が入ってきて、江戸時代に盛んになる。中国との違いは、日本の場合、灸はすたれず、鍼と灸が活用されました。江戸時代になると、大きいもぐさから、小さいもぐさでお灸をすえることが盛んになります。民間では熱さを抑えた「切もぐさ」が開発された。「切もぐさ」の登場は灸にとって大きな変革です。線香と切もぐさでお灸が簡便になり、民間灸というカタチで定着します。
それまでは灸箸(やいとばし)でもぐさをはさみ、火をつけてから皮膚へすえていた。火がついた大きなもぐさを直にすえるのですからそうとう熱かった。そりゃ嫌がるよね(笑)。道具あっての治療だから、新しい道具が開発されれば治療技術も新しくなる。今でも切もぐさが残っているところをみると、江戸時代以降、明治、大正、昭和の時代とともに民間灸は受継がれてきた。
お灸は風呂、温泉と並び、日本人の体質には欠かせない。日本人は虚証(体力低下の状態)が多くて皮膚が薄い。皮膚の防衛機能が弱いんです。皮膚の防衛機能が停滞、低下しているところ、つまり陥下(かんげ:凹み)しているところの治療は、お灸じゃないとダメなんです。病気に対する治療はいろいろあるけれど、風邪の予防、冷えの予防など、予防のためには皮膚の防衛機能が弱くなったところを補修しておきたい。それはお灸しかない。防衛機能が弱いところは「すきま風」が吹いているので、お灸で塞いであげないといけない。
だからといって透熱灸をやったら火傷をします。日本の若い女性の皮膚って本当に薄い。現在、火傷をしない心地よいお灸へのニーズが高まっているのは日本人の体質をよく反映しています。運動不足、日光に当たらないなど全体的に皮膚が弱くなっています。外からの刺激に対して弱くなっている。鍼灸師としては、お灸を使うべきところには使わないといけないが、皮膚が薄くなっているというジレンマがある。
なので、体質、状態に合わせ、適材適所的にお灸を選択していく必要があります。昔のように一種類しかないという時代ではありません。いろいろ選べる時代ですから、鍼灸師の教育でもいろいろ教えるべきです。ツボの面積が広いと灸頭鍼や棒灸、中くらいだと知熱灸、小さいと透熱灸、糸状灸。小さくて陥下したツボにはひねったお灸。こういうことがわかる鍼灸師を育てなければいけない。熱くないお灸(火傷しない)というジャンルの教育も必要でしょう。いずれも「どこへ、どのようなお灸をすればいいのか」、今の時代に見合ったお灸の教育が求められています。
日本のもぐさは、私たち鍼灸師が消費しないと消滅してしまいます。使い手がなくなれば、作り手もなくなってしまう。消滅したら2度ともぐさ文化は戻ってこない。日本人になくてはならないものだから、どんなカタチであってもお灸の火を絶やさないことがいちばん大切です。
副題に「お灸を、どのツボに、どのように、どのくらい、なぜすえるのかが分かる温灸入門書」とあります。今必読の一冊です。発行:医道の日本社。価格:本体3,600円+税。